新聞の虹


新聞の虹 2

 

広島、長崎への原爆投下によって太平洋戦争が悲惨な終幕を迎えた昭和二十年八月から一年後の二十一年十二月、登一は取締役工務局長に栄進した。豊田織布や丸五商店をあと、中部日本新聞の前身、新愛知新聞に入社した登一は、その後も販売部や販売・工務・編集三部門の連絡役に籍を置くなど、どちらかといえば事務方の仕事を多くこなしてきた。

それだけに、やっかみ半分に、「あいつに印刷技術が分かるか」と危ぶむ声も、あちこちで聞かれた。だが、登一はそんなことなど一向に意に介せず、自分の信念に基づいて精力的に仕事を進めた。

「きれいな新聞印刷は、きれいな工場から」

この言葉をモットーにして、局の幹部たちにハッパをかけ、毎日のようにギョロリとした目玉で工場内を見てまわり、インキなどで汚れた箇所があると、作業服のポケットに入れてあるボロ布で拭い取った。

「局長が率先して美化運動をやっている」

こんな噂が局内に広まり、日を追って右へ倣えする者がふえていった。

「かれが局長になってから、工場が見違えるようにきれいになった」

登一を危惧する声が、しだいに見直す方向に変わっていった。いや、それだけでなく、新聞紙面そのものが鮮明な印刷となって、読者から「中日の紙面は読みやすい」と賞賛を得るようになった。

 

当時の新聞は、戦時中からつづく用紙不足を補い、できる限り多くの情報を盛り込むため、活字を扁平にしてぎりぎりまで小さくし、一段十五字詰め、一ページ十八段制を採っていた(現在は一ページ十五段で、一段は十一字)。しかも、用紙は品質の悪いザラ紙だったから、よほど鮮明な印刷をしないと、とても読みづらい。

 

登一は、まず自社で鋳造する鉛活字の改良に着手させ、インキメーカーを呼びつけては、つぎつぎときびしい注文を出した。局内の設備、室の拡充整備もどしどし進めた。

「あの男はちかごろ図に乗っている」

貴重なスペースを侵略されたり、予算を削られる破目になった他局から、こんな反発の声が上がってきた。そしてついには高価な高速輪転機をまるで菓子でも買うように申請するので、とうとうトップとも衝突した。

「おいおい、加藤君。わが社にはカネの生る木があるわけじゃない。社屋がもう一つ建つほど高い輪転機を、君のいうように簡単に買えるわけがない」

「と、おっしゃいますが、これから新聞社間の競争が烈しくなるのは目に見えています。夕刊の発行も間近に迫っていますし、朝日や毎日が名古屋で印刷を再開する噂も出ています。そのときあわてて輪転機を発注しても手遅れです」

「そうはいっても、そんな膨大な金額をどうやって調達するのかね」

「さぁ、そこです。これほどインフレの烈しい時代。銀行に多少の利子を払っても、たちまち安い買い物となりますよ」

「理屈はそうでも、肝心の銀行がおいそれとは融資してくれまい」

「そこをうまく交渉するのが、トップの腕じゃないですか。わが社の命運をかけた、この輪転機増設計画がどうしても認められないのなら、わたしは会社を辞めさせていただきます」

登一がコールマン髭をふるわせ、胸ポケットに収めた辞表をトップに突き付けたのは、実に四度に及んだ。

新聞はむろん、記事の中身が勝負だ。しかし、いくらトクダネや、いい記事が書かれていても、それが速く読者の手元に届けられず、しかも読みづらい紙面でソッポを向かれたのでは、なんにもならない。登一の胸の中には、こうした確固たる信念が秘められていたのである。

そして、その目は、はるか未来に向けられていた。

――ニュース写真を多色刷りにしたい。

こんな夢である。あの空襲のさい、名古屋城が崩れ落ちたときの映像が、いまも目をつむれば鮮やかに瞼に浮かぶ。黒から白、最後には銅版が燃えて緑に変じた火炎の色。そうした映像を新聞のカラー印刷で再現できないか。当時の技術では、せいぜい普通の墨刷りのほかに広告の赤刷りなど、単色印刷(スポット)するのが精一杯であった。しかし、写真を多色印刷する日は必ずやってくる。それを朝日や、毎日や読売などの全国紙でなく、わが社が真っ先に実現させて、業界や読者をアッといわせたいーー。工務局長に就任以来、日ごとに夢がふくらんでいった。

そしてある日、登一はその構想をまず写真部長の水野主税に打ち明けた。

「水野君。これまでのスポットを一歩も二歩も進めて、三色刷りをやってみようじゃないか」

「えっ。三色刷り? ということは総天然の?」

水野は愕いて、まじまじと登一の顔を見返した。高速の輪転機を使って、ザラ紙にカラー印刷をすることなど、当時は思いも寄らぬ発想であった。けれども、それが冗談でないことは、ギラギラと輝く登一の目を見れば分かった。

「ふーむ、面白い。局長がそうおっしゃるのなら、ぜひとも実現させようじゃないですか。米国ではコダック社がカラーフィルム用のコダクロームを売り出しているようですし、日本でも白黒フィルムに彩色して、天然色写真をつくる研究が進められている。業界の先陣を切って、きょうからでも挑戦しましょう」

好奇心にあふれ、万事に研究熱心な水野は、すぐさま話に乗った。

「君がそういってくれれば、鬼に金棒だ。どうだ、これから二人で製版部長の川井克己のところへ行って、口説いてみようじゃないか。善は急げだ」

その川井も初めは唖然とした顔をして耳を傾けていた。が、仕事熱心さでは、人後に落ちぬこの男。「分かりました。それじゃぁ、これからさっそく三色製版の研究にかかりましょう」と、勢いよく席から立ち上がった。



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