「
運動場のど真ん中に、うず高く積み上げられた焚き木の山。それが赤々と燃え上がり始めたころ、その横でよれよれの羽織袴をまとった一寮の寮長が、やおら蛮声を張り上げ、朱塗りの大太鼓をドーンと打ち鳴らした。
これを合図に、広い運動場内に散らばっていた寮生たちがいっせいに肩を組み、
♪黎明さやか東海の 峰潚々の松風よ
見よ彩雲の方遥か 紅燃ゆる段戸山……
寮歌を歌いながら、火の粉が飛び散る焚き木の周りをぐるぐる回り始める。長い夏休みが終わり、学生たちが寮に戻る九月中ごろ催される恒例のファイヤー・ストームだ。
陽は落ちたとはいえ、うだるような暑さの残る中、太鼓の音に合わせて歌い踊る寮生たちの顔には、たちまち汗が噴き出し、燃え盛る炎に照り映えて、てらてらと輝く。中には汗でぐしょぐしょになったシャツを脱ぎ捨て、半裸になる学生も現れた。
一般の人も出入り自由な自治寮とあって、構内の片隅には誘い合って訪れたワンピース姿の若い女性たちが、まるでアパッチ族の踊りでも眺めるように、顔を覆った指の間から、おそるおそるストームを覗き見る光景も見られた。
こうなると、学生たちの意気はますます盛り上がり、青春のエネルギーが爆発する。
寮歌がやがてデカンショ節に変わり、踊りの輪が四巡五巡したころ、
「おーい。ファイヤーの勢いが衰えたぞ。だれか空き部屋の戸板を引っぺがして、景気よくくべろ!」
一寮の寮長が熊のような巨体を揺るがして、また咆哮する。と、「よっしゃ」とばかり三、四人の学生がぱらぱらっと寮の方めざして駆け出す。
「おれ、今夜は徹底的に踊るぞ」
同じ部屋の村瀬や後藤と肩を組んだ浩一は、のっけから咽喉がつぶれんばかりに声を張り上げ、足を前後左右に振ってストームに酔いしれた。そんな浩一に辟易したのか、村瀬が組み合った肩から手を放していった。
「真田。きょうはなにかええことでもあったんか。えらく張り切っているな」
「そうさ、見てみろ。付近のメッチェンたちがあんなにエールを送ってくれているじゃないか。それに」
「それに、なんだ」
「われらのマドンナ、寺田恭子嬢が畏れ多くも、女子寮の入り口にお出ましになり、見物してくれているんだ」
「おいおい、真田。おぬしは女性の前に出ると、すぐに格好をつけたがるんだから。色即是空、空即是色……」
そう説教じみた口調で口をはさんだのは、曹洞宗の寺の息子、後藤禅照である。
「ちぇっ。相変わらず後藤のいうことは、抹香くさい」
と軽くいなしたものの、浩一がそんなに浮かれる理由は実はほかにあったのである。